リケッチア感染症による神経所見
リケッチア感染症による神経所見
【リケッチアとは】
・細胞外では増殖することのできない、偏性細胞内寄生細菌。
・大きさは、0.5×2.5 μm(細菌の1/3-4/1程度の大きさ)。
【リッケチアの種類と感染症】
★我が国で確認されたことのあるリケッチア感染症
すべて、4類感染症です。届出が必要です。
1 紅斑熱群
・日本紅斑熱(Rickettsia japonica)
・ロッキー山紅斑熱(Rickettsia rickettsii)
2ツツガムシ病群
・ツツガムシ病(Orientia tsutsugamushi)
3 Q熱群
・Q熱(Coxiella burnetii)
4 発疹チフス群
・発疹チフス(Rickettsia prowazakii)
→→ 上記すべての疾患が、神経症状を呈する可能性がある。
★基本的には髄膜脳炎の形態をとることが多い
★髄膜脳炎で初診となることは、まれで、他の症状が重症化し、髄膜脳炎も起こしているといった経過。
【ツツガムシ病(scrab typhus)】
【疫学】
・Orientia tsutsugamushi を起因菌とするリケッチア症であり、ダニの一種ツツガムシによって媒介。
・かつては山形県、秋田県、新潟県などで夏季に河川敷で感染する風土病であったが(古典型)、戦後新型ツツガ虫病の出現により北海道を除いて全国で発生がみられるようになった。
・アカツツガムシ(Leptotrombidium akamushi )、タテツツガムシ(L. scutellare )、およびフトゲツツガムシ(L. pallidum )の3種であり、それぞれのダニの0.1~3%が菌をもつ有毒ダニ。
・野山に入り、有毒ダニに刺され、感染。
・関東~九州地方では秋から初冬に多発(東北・北陸地方では春~初夏にも発生がみられる)。
・平成21年度、日本全国で458例(鹿児島県 56例 全国2位 1位は福島県) 2例死亡
【臨床症状】
・潜伏期は7-14日
・39 ℃以上の悪寒を伴う発熱、頭痛、筋痛、食欲不振などで発症。発熱後2-3日で皮疹出現
・刺し口:80%以上で認める。服を脱がして全身くまなく観察することが重要!
・刺し口近傍の所属リンパ節、全身のリンパ節腫脹(50%)
・皮疹:掻痒感のない紅斑を多数認める。体幹から始まり、四肢、顔面に拡大する。
【中枢神経障害】
・リケッチアの中枢神経血管への浸潤により、発生(10%程度)。
・髄膜炎:発熱、頭痛、随膜刺激症状を認め、通常の無菌性髄膜炎と同様。
・脳炎:発熱、意識障害、痙攣、ミオクローヌスを伴う脳炎。ウイルス性脳炎と同様。
重症例に起こることが多く、DICや肝不全を伴っていることが多い。
・髄液圧上昇、リンパ球優位の細胞数増加、蛋白上昇、糖正常。髄液中の抗体価は上昇しておらず、IFN-γが上昇しており、アレルギー反応とする報告もある。
【検査所見】
・CRP上昇、肝酵素上昇が90%。
・重症化すると血小板減少、DIC、MOFを来す。
・白血球減少や増加を認めることもあるが、正常例が多い。
ツツガムシ 刺し口 体幹の皮疹
【診断】
・確定診断は主に間接蛍光抗体法による血清診断。診断用抗原にはKato 、Karp 、およびGilliam の標準型に加えて、Kuroki 、およびKawsaki 型を用いることが推奨されている。急性期血清でIgM上昇、あるいは、ペア血清で抗体価が4倍以上上昇で陽性。
・刺し口のDNA診断
→鹿児島県環境保健センターで測定可能(日本紅斑熱も)
・ワイル・フェリックス反応ではOXK 陽性となるが、偽陰性のこともあり実用的ではない。
・病原体診断には、末梢血中からの菌のDNA 検出が用いられている。P3 実験施設が必要であり、時間もかかるので診断には実用的でない。
【治療】
・テトラサイクリン系抗生剤が著効。早期加療が重要である。
・48時間以内に症状の改善を認めない場合は、他の疾患の可能性を考えるべきである。
・他に感受性のある抗菌薬として、クロラムフェニコール、アジスロマイシン、リファンピシン
・ニューキノロン系抗菌薬を含め、他剤は無効である。
処方例1) 軽症で経口接種可能な場合
1ドキシサイクリン(DOXY)
★ビブラマイシン錠(100)2T2× 朝・夕食後 7日間
1ミノサイクリン(MINO)
★ミノマイシンカプセル(100)2C2× 朝・夕食後 7日間
1アジスロマイシン(AZM)
★ジスロマックSR成人用ドライシロップ2gDS 一回のみ内服
処方例2) 入院が必要な場合
・ミノサイクリン点滴→→テトラサイクリン内服へ(上記参照) 計 7日間
★ミノマイシン(100mg)1V + 生食(100)1V 1日2回 1時間で点滴
処方例3) 重症例や髄膜脳炎を伴っている場合
・ミノサイクリン点滴(+リファンピシン内服)
★ミノマイシン(100mg)1V + 生食(100)1V 1日2回 1時間で点滴
★リファンピシン(150)3C1× 朝食前 ×7~14日間
過去2例、髄膜脳炎を経験したが、ミノマイシン点滴のみで改善
リファンピシン併用の方が、治癒期間を短縮するという報告がある。
*ワンポイントメモ
ミノサイクリンとドキシサイクリンについて
・両者のスペクトラムはほとんど同じ。MRSAに効くかどうか程度。
・値段はミノマイシン 57円 ビブラマイシン 23円
・副作用はミノサイクリンの方が多い(めまい、嘔吐など)
【日本紅斑熱(Japanese spotted fever)
【疫学】
・紅斑熱群リケッチア症は広く世界に分布し、北米大陸にみられるロッキー山紅斑熱、地中海沿岸にみられる地中海紅斑熱、オーストラリアにみられるクインズランドダニチフスなどが代表的。
・1984 年に徳島県で初めて報告され、日本紅斑熱とよばれるようになった。紅斑熱群リケッチアの一種 Rickettsia japonica を起因菌とする感染。
・本症はダニ媒介性疾患の一つであり、媒介ダニは、キチマダニ(Haemaphysalis flava)、フタトゲチマダニ(Haemaphysalis longicornis)、ヤマトマダニ(Ixodes ovatus)などのマダニと考えられている。
・野山に入ったときに有毒ダニに刺咬され、感染。
・春~秋に多発
・平成21年度は日本で129例(鹿児島県で、9例 全国6位 1位は三重県) 1例死亡
【臨床症状】
・潜伏期は2~8日
・39℃代の発熱、頭痛、筋痛、全身倦怠感、食欲不振などで発症。発熱と同時もしくは2,3日後に皮疹が出現。
・皮疹:ツツガムシ病と同様の皮疹が出現するが、四肢より出現し、四肢末梢、体幹に拡大。
手掌の紅斑は疾患特異性が高いが、2,3日で消失してしまう。
・刺し口:中心痂皮部分がツツガムシ病より小さい
・リンパ節腫脹は少ない
【中枢神経障害】
・中枢神経障害として、髄膜脳炎を来すとの報告があるが、過去の報告は4例と頻度は低い
・単核球優位の髄液細胞数増加、蛋白増加、糖正常
・ツツガムシ病と同様
→ツツガムシ病との鑑別は困難な場合も多い
マダニ 刺し口 大腿の皮疹
【検査所見】
・CRP の上昇、肝酵素(AST 、ALT)軽度上昇がみられる。
・白血球数は増加、減少ともありうる。
・早期治療が行われないと重症化し血小板減少、DIC、MOFに陥る可能性はあるが、ツツガムシ病ほどの頻度ではない。
【診断】
・確定診断は主に、間接蛍光抗体法による血清診断。
・紅斑熱群リケッチアは種間で血清学的交差反応が強く、R. japonica を抗原として用いれば全ての紅斑熱群リケッチア症の診断が可能であるため、輸入感染症にも対応可能。刺し口のDNA診断
・鑑別のため、ツツガムシ病リケッチアの抗原を併用することが望ましい。
・病原体診断としては、末梢血中からのリケッチアDNA 検出が行われている。P3 実験施設が必要であり、時間がかかるので診断には実用的でない。
【治療】
・テトラサイクリン系抗生剤が著効。早期加療が重要である。
・48時間以内に症状の改善を認めない場合は、他の疾患の可能性を考えるべきである。
・他に感受性のある抗菌薬として、ニューキノロン系抗菌薬。
・重症例では、ニューキノロンの併用を推奨している(当疾患発見者である馬原医師)
処方例1) 軽症で経口接種可能な場合
1ドキシサイクリン(DOXY)
★ビブラマイシン錠(100)2T2× 朝・夕食後 7日間
1ミノサイクリン(MINO)
★ミノマイシンカプセル(100)2C2× 朝・夕食後 7日間
処方例2) 入院が必要な場合や重症例、髄膜脳炎を伴っている場合
・ミノサイクリン(MINO)+パズクロキサシン(PZFX)点滴
★ミノマイシン(100mg)1V + 生食(100)1V 1日2回 1時間で点滴
★パズクロス(500)1V1 1日2回 1時間で点滴
× 7-14日間
【ロッキー山紅斑熱】
【疫学】
・Rickettsia rickettsiを起因菌とする、リッケチア感染症。
・米国(南部~南東部)、カナダ、中米、南米で発生報告。 ・日本では輸入感染症。
・春~初夏にかけて流行する。
・ロッキーマダニ(Dermacentor)が媒介。犬との接触や野山への立ち入りが危険因子。
・致死率3-9%と高い。
【臨床症状】
・潜伏期2-14日(5-7日が多い)
・発熱、頭痛、全身倦怠感、筋痛、関節痛、嘔気・嘔吐で発症する。腹痛で発症する例もある
・皮疹:発熱出現後3-5日に出現する。初日に出現する例が14%。72時間以内に出現する例は
1/3。10%で皮疹が出現しない。手関節や足関節に起こり、中枢や手掌・足背に拡大する紅斑。出血斑に至る例あり。
・刺し口:なし
【中枢神経障害】
・血管炎による中枢神経症状を高率に合併する(60%)。髄膜脳炎、視神経炎など。
・せん妄、意識障害、巣症状、痙攣、不随意運動などをきたす。
・治療が遅れると後遺症を残す。
・髄液検査:細胞数増加(<100/mm3)(単核球・多核球いずれもあり得る)
蛋白増加(100-200mg/dl)、髄液血清糖比正常
・肝腫大、急性腎不全。重症例は多臓器不全に陥る
中心が出血性の紅斑 出血性皮疹 出血斑
【検査所見】
・白血球は正常、低下、上昇ともあり得る。CRP上昇。
・血小板減少。DICはまれ
・低ナトリウム
・肝酵素上昇、尿潜血・尿蛋白陽性、BUN/Cr上昇
【診断】
・確定診断は主に、間接蛍光抗体法による血清診断。
・紅斑熱群リケッチアは種間で血清学的交差反応が強く、R. japonica を抗原として用いれば全ての紅斑熱群リケッチア症の診断が可能。
【治療】
・発症5日以内に加療を開始した方が、明らかに予後が良い。(致死率 6.5%vs22.9%)
・テトラサイクリン系抗菌薬、クロラムフェニコール。
処方例1) 軽症で経口接種可能な場合
1ドキシサイクリン(DOXY)
★ビブラマイシン錠(100)2T2× 朝・夕食後 7日間
1ミノサイクリン(MINO)
★ミノマイシンカプセル(100)2C2× 朝・夕食後 7日間
処方例2) 入院が必要な場合
・ミノサイクリン点滴→→テトラサイクリン内服へ(上記参照) 計 7日間
★ミノマイシン(100mg)1V + 生食(100)1V 1日2回 1時間で点滴
【ツツガムシ病と紅斑熱の鑑別点】
【Q熱(Q fever)】
【疫学】
・人獣共通感染症の一つでCoxiella burnetii による感染症。「Query fever =不明熱」に由来。
・感染動物の尿、便などに排泄され、環境汚染。汚染された環境中の粉塵やエアロゾールを吸入し、感染。
・感染源はおもに家畜や愛玩動物であるが、多くの動物やダニが保菌しており、感染源となりうる。感染動物は不顕性感染のことが多いが、胎盤で爆発的に増殖するため、動物の胎盤や羊水が原因となった集団感染が数多く報告されている。また、ネコの出産や流産時の感染も多い。ヒトからヒトへの感染は起こらない
・日本でも、1988 年カナダでヒツジの胎仔を扱う研究をしていた留学生が帰国後に発症し、最初のQ 熱の症例として報告され、毎年数十人程度の患者が報告されている(鹿児島県での報告なし)。
【臨床症状】
・大まかに急性型と慢性型の2 つに分けられる。
・急性型(77%)
・潜伏期は、14-39日間(約20日間)。
・主要3兆:インフルエンザ様症状、肺炎、肝炎
・40%が肝炎 20%が肝炎+肺炎 17%が肺炎 17%がインフルエンザ様症状のみ
1インフルエンザ様症状:突然発症の発熱、筋痛、倦怠感。1-3週間で自然軽快。
2肺炎:湿性咳嗽、胸部X-P上はウイルス性肺炎様。多くの例が軽症。
3肝炎:ウイルスによる感染性肝炎と同様。肝腫大を認めるが、黄疸はまれ。
4心内膜炎
他のリケッチア症と異なり、皮疹は10%(紅斑、紫斑)。刺し口なし
HPS、溶血性貧血、甲状腺炎、胃腸炎、膵炎、リンパ節腫大、結節性紅斑など多彩。
【中枢神経障害】
・約1%に無菌性髄膜脳炎を来す
・激しい頭痛、痙攣、昏睡。
・多発神経根炎、視神経炎を合併することがある
・英国からの報告では、Q熱患者の22%(103例)に神経合併症を来たし、46例が急性感染。5例が慢性感染、52例が既感染であったと報告。6例に後遺症(麻痺、感覚障害、霧視)が残ったとしている。
・慢性型(23%):6ヶ月以上持続する感染。急性感染の5%程度が慢性型に移行。
・77%が心内膜炎。他に感染性動脈瘤、肝硬変、関節炎、骨髄炎などをきたす。
・慢性疲労症候群との関連もいわれている
・マクロファージ内で増殖するため、抗菌薬が届きにくい
【検査所見】
・白血球は正常~上昇。CRP上昇。血小板減少(25%)。
・肝酵素上昇(85%)
・長期間の発熱、白血球正常、血小板減少、肝酵素上昇を認める場合、Q熱も疑う。
【確定診断】
・間接蛍光抗体法などで行われる。
・急性型:まずII相菌に対する抗体が上昇し、その後I相菌に対する抗体が上昇。確定診断には、II相菌あるいは双方を用いて、急性期と回復期のペア血清での抗体価の上昇を証明。抗体価は最初の感染から数ヶ月~数年持続。陽性判定は、ペア血清で4 倍以上の抗体価の上昇。
・慢性型:I相菌およびII相菌に対する高い抗体価がみられ、一般にI 相菌の抗体価がII 相菌の抗体価より高いことから判定。また、慢性疲労症候群様患者では全般的に抗体価が低いといわれている。
・急性期の血液からPCR法により遺伝子検出を行うことも可能である。外膜蛋白質、superoxide dismutase 遺伝子などを標的としたPCR法が利用されている。
【急性型の治療】
他のリッケチア症と比べ、長期間投与が必要である。
処方例1) 軽症で経口接種可能な場合
1ドキシサイクリン(DOXY)
★ビブラマイシン錠(100)2T2× 朝・夕食後 14日間以上
1ミノサイクリン(MINO)
★ミノマイシンカプセル(100)2C2× 朝・夕食後 14日間以上
1レボフロキサシン(LVFX)
★クラビット(500)1T 1× 朝食後 14日間以上
処方例2) 入院が必要な場合
1ミノサイクリン点滴→→テトラサイクリン内服へ(上記参照) 計 14日間以上
★ミノマイシン(100mg)1V + 生食(100)1V 1日2回 1時間で点滴
1パズフロキサシン点滴→→レボフロキサシン内服へ(上記参照) 計14日間以上
★パズクロス(500)1V 1日2回 1時間で点滴
【慢性型の治療】
処方例)
・上記のいずれかに、クロロキン追加。マクロファージ内で増殖しにくくするため。
【発疹チフス】
【疫学】
・Rickettsia prowazekiiによるリッケチア症
・シラミによって媒介。戦争、貧困、飢餓など社会的悪条件下で流行することが多く、第一次大戦中にはヨーロッパで数百万の死者を出している。
・日本では昭和32年を最後に報告なし。
【臨床症状】
・発熱、頭痛、悪寒、脱力感、悪心・嘔吐、筋痛、結膜充血を伴って突然発症。
・潜伏期間は6~15日で、通常は12日程度とされている。
・発疹は発熱後2~5日で体幹に初発し、第5~6病日で全身に拡がるが、顔面、手掌、足底に出現することは少ない。中等症以上では暗紫色の点状出血斑となる場合がある。
・湿性咳嗽、消化器症状を認めることもある
・心筋炎を来すと予後不良となる。
・腸チフスと異なり、比較的徐脈は少ない
【中枢神経障害】
・頭痛:激しい持続性の頭痛が特徴的。鎮痛薬などに抵抗性。
・髄膜刺激症状を認めることがあるが、髄液は正常であることが多い。
・重症例の半数に精神神経症状が出現。傾眠、せん妄、昏睡、てんかん、巣症状などを認め、
脳神経麻痺を種々の程度で認める(ウイルス性髄膜脳炎に類似している)。
【検査所見】
・白血球は初期には減少。その後、正常から上昇へ。CRP上昇
・肝酵素上昇 ・腎機能障害
【診断】
・間接蛍光抗体法など
コモジラミ 皮疹(出血斑)
【治療】
・テトラサイクリン、クロラムフェニコールが奏効。
処方例)
1ドキシサイクリン(DOXY)
★ビブラマイシン錠(100)2T2× 朝・夕食後 7-10日間
1ミノサイクリン(MINO)
★ミノマイシンカプセル(100)2C2× 朝・夕食後 7-10日間
③ クロラムフェニコール
★クロロマイセチン(250)8T4× 毎食後・眠前 7-10日間
Clinical pearls
★感染源のはっきりしない高熱、掻痒感のない紅斑、肝機能障害、野山に入った病歴のある方が来院した場合、リケッチア感染症も疑い、刺し口の検索や抗体検査を。
★刺し口のない場合でも、疑わしい場合はテトラサイクリン系抗菌薬を投与し反応をみる。
★頭痛の訴えがある場合、髄膜炎を併発している可能性がある。
★DICに注意が必要。
2011 市来