医療面接と身体診察の基本

 

医療面接と身体診察の基本~患者に合わせた診かた聴きかたのコツ


患者は語っている

70代の男性が不明熱で紹介となった。3ヶ月前に前立腺の手術を受け、退院1週間後に発熱して再入院。尿路感染の診断で抗菌剤使用するも、解熱今ひとつ。とりあえず帰宅となるが再び発熱し、腰痛も出現。大学病院を含む二カ所の整形外科を受診し、MRIにて脊柱管狭窄症の診断で、NSAIDsを投与された。この間も各種抗菌剤を使用するも、炎症反応が持続するという。

話を聞くと、「腰が痛くてすっかり歩けなくなった。腰が痛いなんて入院前は無かったのに」と腰痛の話しかしない。身体所見ではL4,5だけでなく、Th12あたりに圧痛あり。大学病院で精査されているとはいえ、患者の訴えは明らかに増悪する腰痛である。しかも背中を診察されたのは初めてだと。同日Th12の化膿性脊椎炎の診断となった。


医療面接の重要性は絶対に研修医時代に認識してほしい。問診だけで疾患の7割は診断可能といわれる。その割合は、個人の能力で違うだろうが、問診が大切なのだ、という症例には多く出会えるだろう。画像診断や血液検査が豊富にある現代では、病歴に頼らなくても診断できるように思いがちだが、検査結果に振り回されて、かえって遠回りをしていることが多い。

初診を診た研修医が、「とりあえず採血とレントゲンをだしています。」と言うが、鑑別が全くあがっておらず、データをみてから考えようという姿勢である。

これではいつまでたってもskillは向上しない。身体診察前、検査前に鑑別診断をあげる癖をつけるようにすれば、自ずと問診のskillは磨かれ、診断能力は向上していくはずである。


まずはコミュニケーション・・聞く、聴く、効く

まずは何より患者さんとのコミュニケーションがとれるか?ということである。コミュニケーションがとれないと、問診自体うまくすすまない。大切なことは、病歴を聞き出すだけでなく、同時に聴くという行為で患者・家族を癒す効果まで持たせることである。そこで初めて真の情報が得られるといっても過言ではない。最近の研修医をみると、学生時代にきちんとした医療面接法を学んでいるように感じる。自己紹介から始まり、open-ended question、促進、共感、closed question、要約というように行うが、是非参考図書などを精読してほしい。


患者の主訴で予想する

多くの病院で、初診患者への問診票があると思うが、私はここの「いつから、どのような症状がありますか?」という項目を非常に重要視している。まずここだけで鑑別診断をあげるようにしているのだが、大抵一つはおもしろいことが書いてある。例えば、

「下腹がイタイ。微熱がある。ごはんはおいしい。靴が履けない。」

というように、最後の文が意味不明でおもしろい。

最初の2文で腹部の炎症性疾患を考える。歩いて来る患者であがる鑑別としては、腸炎、虫垂炎、憩室炎あたりか?食事がとれるので、虫垂炎はやや落ちる。しかし最後の文は?神経疾患?・・・話を聞くと靴を履くときに痛くなるようだ。腹部以外?・・・身体所見では腹部には所見なし。靴を履く動作をしてもらうと・・・もっと下か?精巣上体炎であった。


症状の組み合わせで考える。どれをはずすか?

問診票でもう一つ。例えば、

75歳女性「発熱、嘔吐・下痢、腰痛、右下肢痛」

と書いてあった場合、どのように組み合わせるかで鑑別は変わる。

発熱と嘔吐・下痢・・胃腸炎、虫垂炎、レジオネラ肺炎など

発熱と腰痛・・腎盂腎炎、脊椎感染症、インフルエンザなど

発熱と右下肢痛・・蜂窩織炎、関節炎などというようにいくらでも鑑別があがる。しかしこの場合、右の下肢という局所所見が含まれるものがまず最も大切である。発熱時に腰痛はよくおこるし、悪寒戦慄時に嘔吐する例はよく経験する。発熱する胃腸炎の下痢は頻回であり、頻度が少なければ無視できるかもしれない。非特異的な症状にひっぱられすぎないようしたい。


OPQRST

胸痛や腹痛の問診の取り方の覚え方として有名なOPQRSTがある。

O(Onset):発症様式

P(palliative/provocative):増悪・寛解因子

Q(quality/quantity):症状の性質・ひどさ

R(region/radiation):場所・放散の有無

S(severity/associated symptom):程度、随伴症状

T(time course):時間経過

これは痛みに関わらず、あらゆる状況で利用できる。またonsetと症状の局在から分ける表は、神経疾患で利用されるが、これもいろいろな状況で応用できるので是非覚えてほしい。

例えば22歳女性。朝方睡眠中に突然の下腹部痛で目が覚めた。痛みは下腹部で、最初が激痛で、今は改善傾向だが、まだ痛む。嘔吐2回、下痢なし。というケースの場合、onsetは突然であり、下腹部痛という局所性の症状であり、表の右下の状況になり得る。外傷もないことから、血管系の病気となるが、若年であることから、詰まり系の可能性は低く、破裂系やひねり系となる。子宮外妊娠や卵巣嚢腫の破裂、捻転などが鑑別にあがる。




状況や頻度も鑑別を上げる時に必ず考える

例えば夜中の2時に頭痛で来院した中年以降の患者であれば、まず脳血管障害(出血)や髄膜炎などの重篤な疾患を考えるであろう。最近では生活習慣の多様化のため、必ずしもあてはまらないが、夜間に来院する患者の場合は、鑑別疾患のランクを上げて考えるようにする。

疾患の頻度は一般外来、専門外来、救急外来、病棟など、状況により異なる。例えば脱力が主訴の場合、神経外来では、神経筋疾患が多いであろうが、一般外来や救急では、発熱(肺炎など)が最多である。

同じ主訴でも、年齢や性別の違いで当然鑑別が異なる。(胸痛:若年・・肋軟骨炎 中高年・・虚血性心疾患)


病歴の感度・特異度

疾患を想定したときに、それを否定するための感度の高い(SnNout :Sensitivityの良い検査は、結果がNegativeな時に、疾患をrule outできる。)質問と、診断を確定する特異度の高い(SpPin:Specificityの良い検査は、結果がPositiveな時に、疾患をrule inできる。)質問は覚えておいた方が良い。

例えば外来ベースでは、「歩行時にひびく頭痛」は髄膜炎にとって感度が高く、「一瞬の電撃的な後頭部痛」は後頭神経痛に特異度が高い。

JAMAのThe Rational Clinical Examinationが有名。


システムレビュー

全症例に行う訳ではなく、鑑別診断があがらない場合、あまりしゃべらない患者、診断がしぼりきれない場合などに行っている。診察をしながら行うと、早い。


解釈モデル

OSCEで、この質問項目がどれくらい重要視されているか知らないが、私にとっては非常に大切な診断技法である。特に鑑別診断があがらない場合や、精神的要素を考える場合に、「自分では何が原因だと思っていますか?」と聞くことで、診断・解決に結びついたことは多い。例えば、

「背中が熱い」という男性。熱も無いし、所見も何もなく、さっぱりわからない。本人に聞くと「便秘だと思うから下剤が欲しい」と。・・・確かに下剤で症状は改善した。(理由は不明だが)



疾患の特徴をよくつかむこと 自然歴を覚える

特に病気のナチュラルコースを覚えてほしいが、これはなかなかテキストには載っていないので、経験を重ねるしかない。例えば5日前からの咽頭痛では、化膿性扁桃腺炎は考えにくい。(通常もっと早く受診する)



効率よく問診するためには

主訴の段階で、鑑別診断をあげて、ある程度あたりをつけて、問診をとる。

遠回りのようだが、やはりopen-ended questionで行う。

診察しながら問診する。腹部や神経所見は問診しながらの方が、緊張がとれて良い。システムレビューをとりながらでも良い。

症例を選ぶ。外来が多い場合などは、患者の希望を先にしてしまうことが良いこともある。(喘息発作の治療、胃カメラ希望の患者など)


問診能力をあげるためには

指導医にプレゼンして、あれは聞いたか?これは聞いたか?といわれたことを、どうしてそういわれたかをよく考えるようにする。

ケースカンファレンスを、問診と身体所見のみで考えるようにする。

年齢・性別・主訴を聞いた(見た)時点、身体所見をとる前、検査を出す前にそれぞれの時点で鑑別診断を考えるようにする。

Onset、局所症状の有無、経過を考えながら、頻度、重症度などを加味して考え、とりあえず一つは病名を考えてから検査を出すように癖をつける。


さいごに

問診で導きだした患者の一言で、診断に結びついたときの感動を、是非経験してほしい。


参考図書

すべて飯島克巳先生著:

外来でのコミュニケーション技法―診療に生かしたい問診・面接のコツ

 日本医事新報社 (1995/07)

外来での行動医療学―患者さんのライフスタイル改善を目指して

 日本医事新報社 (1997/01)

メディカルインタビュー―三つの役割軸モデルによるアプローチ

 メディカル・サイエンス・インターナショナル (1995/08)




身体診察


はじめに

今回は身体診察について述べるが、詳しい取り方については、成書(参考図書)に譲ることとして、ここではコツのみ述べることとする。


医療面接であたりをつけて、身体診察で確定する

医療面接の基本で述べたように、多くの場合、身体診察は、医療面接で考えた鑑別診断を立証するための手段である。例えば感冒症状後に治りかけていたと思っていたら、発熱、咳、膿性痰、寝汗が出現してきたという二峰性の病歴を聞いたときに、肺炎の可能性があがる。このときに身体所見で、片側肺のholo inspiratory crackleが聴取されれば、診断は確定する。

ただし、この場合感度の低い身体所見よりも病歴の方が優先されるため、たとえcrackleが聴取されずとも、肺炎の診断となる。


目的を持って身体所見をとる

身体所見をとるときは、目的がなければならない。上記のケースのように肺炎を確定するために、肺の聴診を行い、あるいは麻疹を診断するために、口腔粘膜を見るのである。聴こうと思って聴かなければ、見ようと思って見なければ、見逃すのである。そのため、身体診察の前には鑑別診断があがっているべきであり、その鑑別疾患を除外したり、診断する目的で、身体診察を行うのである。例えば若年男子の左下腹部痛の鑑別に精巣捻転をあげなければ、パンツを脱がさないだろう。

ところが主訴で鑑別が全くあがらない場合や、特定できない場合、本人の訴えが乏しい場合は、身体所見で何らかのヒントを見つけるべく、くまなく診察していく必要があるし、研修医時代は、トレーニングもかねて一通りの身体診察を行う必要があるだろう。

研修医が身体所見をきちんとくまなく記載しておくと、後々、瞳孔不同があったのか?とか足背動脈は触知できていたのか?などの問題がおこった場合に、解決できることがあり、重要である。


身体所見の感度・特異度を知る

医療面接のときにも感度の良い質問と、特異度の高い質問を覚えておくように話したが、身体所見でも同じである。感度の低い所見は、いくつあっても診断は確定できないため、特異度の高い所見が無い場合は検査に進むことになる。

やはりJAMAのThe Rational Clinical Examinationシリーズが有名。以下にいくつか紹介しておく。

                否定的(感度)            確定的(特異度)


腹水        下腿浮腫が無い(93%)        fluid waveあり(92%)

心不全         労作時呼吸苦無し(84%)        Ⅲ音あり(99%)

大動脈解離       胸痛なし(94%)            脈触れず、神経所見あり

肺炎             バイタル正常            egophonyあり(97%)

脱水          口腔粘膜乾燥が無い(85%)        腋窩がドライ(82%)


このシリーズでも述べられているように、単独の所見で診断がついたり、否定できたりするものは少ない。やはりいかに医療面接で鑑別診断がしぼれるかの方が、大切である。


原則は守る

例えば腹痛の身体診察を行うときには、まず痛い部位を患者に尋ね、あるいは咳サインで誘発された痛みの部位より遠い場所から診察していくという原則がある。これは腹痛に限らず、疼痛疾患では何でも同じことが言えるのだが、痛い部位から診察すると患者は過剰に痛がるようになり、局在が広範囲になりやすく、診断を誤る。単なる肋骨痛なのに、腹部エコーをオーダーしたり、虫垂炎などは指一本だけの局在を示せるまで絞り込めることがほとんどであるのに、漠然と触診すると右下腹部痛の患者に全例CTを撮ることになってしまう。

視診、聴診、触診の順番を守るのも原則である。先に触診してしまうとなかなか視診をしないものである。


工夫して身体所見をとる

寝たきりの高齢者などでの肺の聴診は、前胸部だけ聴いてもほとんど異常がない。昔の指導医はわざと患者をつまんで、大きい呼吸をさせていた。ここまでせずとも皆で患者を座らせたり、側臥位にして背中から聴診すべきである。心膜摩擦音は前屈にして心臓を胸壁に近づける必要がある。表在の疾患か深部のものか分からないときは、つまんでみたり、介達痛を与えてみたりする。くすぐったがる患者では、患者自身の手を介して触診したりする。のどが見えない患者では、息を吸ってもらったり、吐くまねをしてもらったりなど、いろいろと工夫を凝らしてほしい。


五感をすべて研ぎすまさして・・・さらに第六感まで

代謝性疾患の匂い、高炭酸ガス血症での頭や手の熱感、虚血性心疾患のじっとりした冷や汗、離脱症候群のソワソワした感じ、「苦しくない」と言いながら、鼻をふくらませたり、片手をベッドにつけて胸郭をのばそうとしている呼吸不全の患者、喘息のときの特徴的な咳、タール便の匂い・・・など。これらはテキストに記載して伝えにくいものだが、知っていると遠くにいる患者の診断さえすぐにできることがある。これらは看護士のほうが詳しいこともあり、ベテランの意見をよく聞いて覚えていって欲しい。

いわゆる直感についても伝えにくいが、ベテランの医療者は多くの疾患のナチュラルコースを肌で感じており、そこからずれた違和感を感じ取ったときに、「何か違う」と思うのだろう。ベテランナースの意見、いつもみている介護者の訴えの多くは正しい。


見たことの無い所見はとれない

コプリック斑、感染性心内膜炎の末梢サイン、副腎不全の色素沈着、TSS(toxic shock syndrome)の皮疹、乾癬の爪所見、閉鎖孔ヘルニアでのHowship-Romberg signなど頻度はまれだが診断的な所見はアトラスやテキストを参考にしておく。


まずは見た目

身体所見をプレゼンするときに、まずgeneral appearanceとして、見た目の状態を伝えるが、非常に感覚的なものであり、研修医時代にはなかなか難しい。ベテランになるほど、見た目だけで重症度や診断までわかるケースが増えていくのだが、それまではとにかく自分の印象を述べるしかない。とりあえず冷や汗、抹消の冷感、頻呼吸、顔色不良、意識レベル低下などがあれば、まずsickといえる。ぐったりしているけど結構しゃべる人など判断に迷う場合は、そのまま表現すれば良い。


バイタルサイン

バイタルサインは身体所見の一つである。特に症状を訴えることができない高齢者などでは、唯一の手がかりとなることもある。なかでも呼吸数は最も状態を鋭敏に反映していると思う。よく「バイタルは問題ありません」というプレゼンを聞くが、呼吸数が抜けていたり、単に解釈が間違っているだけのことがある。例えばアルコール多飲後に意識障害で運ばれてきた若い男性で、血圧120/70mmHg 脈拍90/m 呼吸数28/m 体温37.4℃という場合、呼吸数が妙に多い。ただの急性アルコール中毒だけでこの呼吸数になるだろうか?普通はもっと呼吸が抑制されないか?この場合呼吸の深さも気になる。浅く早い呼吸なら嚥下性肺炎の合併は?深い呼吸ならアシドーシスの合併は?失調性の呼吸なら中枢性疾患は?と考えたくなる。状況によるバイタルサインのある程度の予測がたつようにしたい。

何となく調子が悪そうというだけだが、いつもより血圧だけ高いと思ったら、脳梗塞であったり、脈圧が広いなと思ったら、高炭酸ガス血症だったり、妙に頻脈だなと思ったら、肺梗塞だったり、呼吸が深いと思ったらアシドーシスがあったりなどヒントになることは多い。

当院のカルテのトリアージ用の印鑑は沖縄県立中部病院の救急室のものを完全にまねしている。主訴とバイタル、年齢だけで鑑別診断をあげるための、すぐれたトレーニングとなる印鑑である。



効率よく身体所見をとるためには

とにかく医療面接の時に鑑別診断をあげ、それを否定するための感度の良い身体所見、確定するための特異度の高い身体所見をしぼってとること。

医療面接で疑われない疾患に関する身体所見は、まずは省略しても良い。ただし、診断が確定できない場合や、訴えが十分にとれない場合などは、すべての所見をとっていく。

例えば頭痛が主訴の場合に神経所見までとるかどうかだが、通常の会話ができて、歩行来院できる患者の場合、自覚症状が最も感度が高いため、自覚的に問題が無ければとらない。しかし高齢者や、レッドフラッグサインがある患者の場合は神経所見をとるであろう。


身体診察能力を上げるためには

興味をもって診察する。

指導医に所見を確認してもらう。

指導医のラウンドについて、所見をとってもらう。

主訴とバイタルサインだけで疾患を考えてみる。

アトラスも参考に。


最後に

身体診察だけがうまい医者というのはいない。医療面接が十分に出来てこそ、いきてくるものである。この二つに自信が持てるようになれば、迷ったときには患者の話を聞き、所見を取り直せば良い。


Atlas of Clinical Diagnosis  M. A. Mir

W.B. Saunders Company; 2版 (2003/9/19)


Evidence-Based Physical Diagnosis  Steven R. McGee W.B. Saunders Company; 2版(2007/4/23)


Sapira's Art & Science of Bedside Diagnosis Jane M. Orient Joseph D. Sapira Lippincott Williams & Wilkins; 2nd版 (2000/1/15)